連載コラム

2017/12/11

遠のくボタンと近づく心

エレベーターでは、操作盤の近くにいる人が「何階ですか?」と問いかけて代わりに操作し、降りる際は「お先にどうぞ」と後から乗ってきた人を優先するのが一般的なマナーです。車いすに乗っている私は少し違って、十中八九、行き先を聞かれ、降りる順番も優先されます。昔はそれが嫌でした。特別扱いされたくなくて、周囲の人の厚意を受け取れずにいました。
 そんな私の心の内は、体調の変化に伴い、変わってきました。昨年の今頃、私は病室にいました。手術を終え、長年耐え続けた痛みはなくなりました。同時に、わずかながらに残されていた足の力を失い、支えなくして立ち上がることもできなくなりました。退院してからは、できなくなったことを数える日々が続きました。
 私の会社にあるエレベーターはボタンの位置が高く、手術をする前は、立ち上がって操作していました。今ではそれができなくなり、同乗する人がいれば安心します。失ってから初めて気づいた、ありがたさでした。歩けなくなったことで増えた、人と触れ合う機会を、感謝する機会を、数えることができるようになりました。

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