シンポジウム

2016/10/27

第3回 シンポジウム 開催レポート

シンポジウム終了後、笑顔で打ち解ける講師の皆さん

10月1日青山学院 本多記念国際会議場で開催しました!

障害の有無、国籍、性別などの多様性を受け入れ、さまざまな視点で、ユニバーサルな社会について考えるシンポジウム。今回は「旅」「スポーツ」「夢」をテーマに、5人の登壇者から人生の幅を広げるヒントが紹介された。

主催:東京新聞、青山学院大学社学連携研究センター 協力:株式会社ミライロ、一般社団法人日本ユニバーサルマナー協会 賛同:クラブツーリズム株式会社 後援:沖縄県

バリアバリューで人生の幅を広げよう

 「バリアバリュー」はミライロの企業理念、バリア(障害)をバリュー(価値)に変える、という意味です。

 障害のある人を街で見かけたとき、多くの人が「かわいそう」「大変そう」という感情を抱くのではないでしょうか。私は、生まれたときから骨が弱く、歩くことが夢でした。18歳で神経の病気を発症、突然声が出なくなり体も動かなくなりました。なんとか車いすで生活できるまでになりましたが、ドクターから「45歳で再発する」と宣告され、さんざん泣いたあとで考えました。

「人生の長さを変えることはできないとしても、幅は変えることができる!」。残された時間で「歩けなくてもできること」ではなく「歩けないからできること」を見つけようと大学に進学。自分のためだけでなく社会のために時間を使おうと在学中に起業しました。

 障害はないほうがいいに決まっています。歩けたほうが、見えたほうが、便利ですから。しかし、障害は人にあるのではなく、大多数の人に合わせて作られた環境にあります。バリアをバリューに変える、それが「ユニバーサルデザイン(以下UD)」です。これからの社会は、国籍、性別、年齢、障害の有無にかかわらず、皆にとって暮らしやすいUDが求められています。高齢化先進国の日本だからこそ、ハードはもちろんハートもUD先進国であらねばなりません。企業も個人も、障害者や高齢者ときちんと向き合い、適切でさりげない配慮ができる、それがユニバーサルマナー。世界に誇れる日本を皆さんと共に作っていけたらと思います。

垣内俊哉氏

株式会社ミライロ 代表取締役社長

垣内俊哉氏

1989年生まれ、岐阜県中津川市出身。2012年立命館大学卒業、在学中にミライロ設立。バリアバリューの視点でコンサルティングを手掛ける

チャレンジすることで超えられる

 私は2歳のとき事故で右手首から先を失いました。小3で野球を始め、最初は父とキャッチボール。左手でキャッチして、いちいち地面にグローブを置くのがいやになり、いろいろなやり方を考えました。幸い右の手首から肘までは残っていたので、そこにグローブをのせて外し左手で投げる。その結果、普通の人と同じ速さでキャッチボールができるようになり、中学ではピッチャーとして栃木県大会準優勝。父に「人の倍練習しなさい」と言われ左腕と下半身を鍛えたおかげで、プロゴルファーになれたと思っています。

 私は38歳で脳腫瘍になり「10年後の生存率50%以下」と医者に言われました。手術で脳に空洞はできましたが、残った左脳と右脳を使って、娘の記憶に残る生き方をしようとプロを目指しました。プロになったのが2014年1月1日、3日にプロとして初めての試合に参加。その夜です、急性心筋梗塞で緊急手術。一命は取り留めたものの半年はゴルフ禁止。やっとプロになれたのにですよ。リハビリよりトレーニングだ、と理学療法士さんに特別メニューを作ってもらい、3カ月後試合に復帰。すると入院前より飛んだんです、トレーニングのおかげで。

 私がいつも心の中で大切にしている言葉があります。「ないものを嘆くよりあるものに感謝したい」。病気やけがで「なぜ自分だけがこんな目に」と思っている方がいたら、私のように障害や病気と闘いながらも人生を楽しく生きている人間もいるということを、思い出してみてください。

小山田雅人氏

プロゴルファー/PGAティーチングプロ

小山田雅人氏

1967年生まれ、栃木県出身。19歳でゴルフを始め、2014年日本プロゴルフ協会入会。16年8月までに障害者世界大会部門別6回優勝

旅をあきらめない、夢をあきらめない

 会員誌による通信販売を中心にさまざまな募集ツアーを行っています。そのひとつが、バリアフリーツアー。専用リフト付きバスで、車いすの方も気軽に旅行を楽しめます。本ツアーでは、温泉入浴プログラムが人気。足に障害があるなどの理由で入浴が困難な方でも、弊社のトラベルサポーターの介助で入浴いただけます。トラベルサポーターとはツアーに同行しながら車いす補助などのヘルプをするスタッフ、このツアーには欠かせません。また、「高齢者や障害のある方もあきらめずに旅に行こう」というイベントツアー・ドリームフェスティバルも実施。過去には、脳梗塞による左半身麻痺で行動に制限があったお客さまが、旅先で金婚式を見かけて一念発起。リハビリに精を出し、2年後に同じ場所で金婚式を挙げるまでに回復しました。旅は人をポジティブにします。「旅に行きたい」という強い気持ちが病気や障害を乗り越え、心と体を元気にします。今後も「旅をあきらめない、夢をあきらめない」をコンセプトに、バリアフリーツアーを幅広くご提案してまいります。

勅使河原大二氏

クラブツーリズム株式会社
ユニバーサルデザイン
旅行センター 支店長

勅使河原大二氏

沖縄県における観光バリアフリー

 私どもの取り組みは障害児童のデイサービスからスタートしました。福祉業界で培ったノウハウを生かし、2007年に障害者・高齢者のための観光案内所を那覇空港国内線ターミナル1階に開設。沖縄を訪れる観光客の99%は飛行機便なので、空港で車いすやベビーカーを貸し出し、帰りに返却というワンストップサービスが可能。子どもや孫に連れられてきたおじいちゃんが、観光して帰るとき、自分で車いすを押して返しに来てくれることがあります。「あまり乗らなかったよ」と言いながら。

 その他、嚥下障害がある方にも地元の食を楽しんでいただくための「食べるバリアフリー情報」や、万が一の災害に備えた「逃げるバリアフリー情報」などを掲載した情報誌を無料で配布しています。

 また、沖縄県では2020年に向け、パラリンピックのキャンプ誘致を行っています。日本だけでなく世界のパラアスリートに選ばれるエリアを目指し、さまざまな取り組みを進めています。皆さまのご期待に「応えるな、超えろ!」を合言葉に、観光バリアフリーに真剣に取り組んでおります。

親川 修氏

NPO法人
バリアフリーネットワーク会議
理事長

親川 修氏

パラスポーツをやる、支える、楽しむ!

 私は今までに3つのパラスポーツと出会いました。生まれつき障害があり水が嫌いな私に、母は障害児水泳教室を見つけてきました。溺れたらやめられるだろうと潜ったら、簡単に体が浮いて泳げた。それが9歳の私の自信になりました。次に、カナダ留学中に出会ったアイススレッジホッケー。スレッジというそりに乗る以外はアイスホッケーとほぼ同じ。始めて1年後にカナダ女子代表のトライアウトにパスし、2年間代表チームでプレイしました。日本に帰り新たに始めたのがパワーリフティング。まだ4カ月ですが2020東京パラリンピック出場を目指しています。

 また、大学で学んだ心理学を生かし、パラ水泳日本代表のメンタルトレーナーとしてパラリンピック運営に携わったり、日本財団パラサポセンターでは「あすチャレ!スクール」というプロジェクトで、全国の小中高を対象に車いすバスケの体験型授業を展開。2020年までに1000校を目標にしています。

 パラスポーツに興味を持った方は、どのようなかたちで関われるかぜひ考えてみてください。

マクドナルド・山本恵理氏

日本財団パラリンピック
サポートセンター
プロジェクトマネージャー

マクドナルド・山本恵理氏

https://www.parasapo.tokyo/

参加者の声

参加者アンケートより

○障害者と高齢者へのユニバーサルマナーは変わらないとわかりました。○障害のある人を見掛けたら、手助けが必要かどうか心で感じて声を掛けています。○車いす介助のボランティアを続け、いつの間にかお互いに助け合うナチュラルな関係になりました。○親戚に障害のある人がいるので、自分とは違う感覚で生きる人を知る努力を常にしています。

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