連載コラム
2025/12/10
<寄稿>連載『ゆっくりいきましょう』
第4回:「人生が変わる舞台」

舞台に立つ人を探す意味
オリパラの開会式でいつも注目を浴びるのは、“キャスト”の存在です。演出内容は、大会組織委員会の中でもごく一部の上層部と式典担当者しか事前には知らされず、当日のお楽しみとして厳重に守られています。そんな式典において、私が強くこだわったのが、オーディションでキャストを選び、その人たちを起点に演出を立ち上げるという方法でした。2014年以降、多くの障害のあるアーティストと出会ってきましたが、それでも私の知らない場所に「この舞台で人生を変えたい」と願う誰かがいると信じていました。実際、公募には全国から5000人を超える応募が集まりました。
その中から「片翼の小さな飛行機」の主演に選ばれたのが、中学1年生の和合由依さんです。演技経験はありませんでしたが、「成長した姿をお世話になった方々に見てほしい」という志望動機が心に残りました。私が重視したのは表現力よりも、この特別な舞台のプレッシャーに耐えて“最後まで立ち続けられるかどうか”。リモート面接で、明るく力強い言葉を返す姿に、この子しかいないと確信しました。

本番を控えた楽屋で和合由依(右)さんと
片翼に自信を持てなかった小さな飛行機が、「WE HAVE WINGS」のメッセージとともに羽ばたいていく。大役を終え、涙を流しながら戻ってきた和合さん。その姿とすれ違うようにステージへ向かったのが、もうひとりの重要なキャスト──森田かずよさんです。
パイオニアにふさわしい舞台
2014年のヨコハマ・パラトリエンナーレで初めてご一緒した森田かずよさんは、私に“アクセシビリティの大切さ”を教えてくれた大切な存在です。障害を理由に芸大進学を断られながらも、自ら俳優・ダンサーとしての道を切り拓き、障害の有無を越えて学べるダンススタジオを立ち上げ、学術的な研究にも取り組んできたパイオニア。多くの若い障害のある表現者に“舞台への道”を照らし続けてきました。
リオの旗引継式で、私が最初にキャスティングで声を掛けたのも森田さんでした。しかし、長距離移動などが及ぼす身体への負担を考慮し、出演を断念。その後、時代の追い風とともに若いパフォーマーたちが次々と脚光を浴び、きっと焦りや悔しい想いもあったはずです。それでも森田さんは、自分にできることを見失わず、愚直に表現を磨き続けていました。
そのような背景から、東京大会では彼女を大勢の中に埋もれさせるのではなく、パイオニアに敬意を払って特別な光を当ててほしいと演出家たちにお願いをしました。結果、聖火点火直前の最重要シーンで、真っ赤な衣装の森田さんが堂々とソロを舞う姿が実現。長年、見えない壁を越えてきた人が、本来立つべき場所に立った瞬間でした。

写真:藤本ツトム
パラリンピック開会式の使命
パラリンピック開会式は、ただの祝祭ショーではありません。世界中から集まるパラリンピアンを迎え、翌日からの競技に挑む彼らを鼓舞するためのもの。そして「勇気」「強い意思」「インスピレーション」「公平」というパラリンピックが大切にしている価値を社会に示す場でもあります。
私は、パラリンピアンが“競技場に足を運べない人たち”の想いを背負って挑むように、開会式のキャストもまた“舞台に立つことが叶わなかった多くの人たち”の未来を背負って舞台に立ってほしいと考えています。だからこそ、どんな人生を歩んできた人が、どんな想いでそのステージに立つのか──その“リアルな物語”こそが、とても大切なのです。
未来を象徴する和合由依さんと、道を切り拓いてきた森田かずよさん。ふたりがバトンをつなぐように立ってくれたあの瞬間が、私にとって「開会式とは何のためにあるのか」という問いに対する一つの答えでした。人生を懸けて挑んできた人たちの物語が交差し、その先に新しい未来が羽ばたいていく。その未来へ続く“道”をつくることこそが、パラリンピック開会式をつくる者の使命なのだと思います。
栗栖良依






