連載コラム

2023/04/11

今日は誰目線

国籍、年齢、身体特性などの多様性を力に、社会に新たな価値を創造する(株)ミライロのメンバーが、リレー形式で登場しそれぞれの視点で執筆します。

「ありがとう」から始まった、新しい音の世界

 3月は新たな旅立ちの季節。昨年の3月に私は人工内耳の手術をし、10年間の「全く音のない世界」から、久しぶりに音のある世界で暮らし始めました。人工内耳とは耳の後ろに取り付ける機器のことで、音の信号を脳に直接伝えることができます。ただ、手術をしてもすぐに聞こえるようになるわけではなく、脳が音を正しく認識するためのリハビリが必要です。

 リハビリを続けていたある日のことです。買い物を終えてお店を出ようとした私の耳に、店員さんの「ありがとうございました!」という声が飛び込んできたのです。音のない世界にいた時にもたくさんの「ありがとう」をもらいました。時には筆談で、時には私が相手の口元を読み取って、時には手話で。すべての「ありがとう」を嬉しく思う気持ちに偽りはありません。ただ、目で「ありがとう」を受け取っていた頃は「ありがとうと言ってくれているんだな」と一旦考えて、頭で理解するような感覚でした。一方で声の「ありがとう」は頭で考える間もなく、私の心の奥深くに飛び込んできたのでした。

 人がこの世を旅立つ時、五感のうちで一番最後まで残る感覚は聴覚だそうです。そういったことも関係があるのでしょうか。「ありがとう」から始まった新しい音の世界。この気持ちをいつまでも忘れずに生きていきたいと思っています。

マイクで拾った音を頭部に埋め込んだ受信機へ送り、音が聞こえる仕組み


薄葉 ゆきえ

株式会社ミライロ ビジネスソリューション部 ユニバーサルマナー講師

聴覚障害のある講師として、「外見からは見えにくい障害」に対する理解を中心に、全国の企業・自治体・学校などで講演を行う。

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