連載コラム

2026/03/10

<寄稿>連載『ゆっくりいきましょう』

第6回:「次の時代の強さ」

愛知県常滑市の陶芸家・鯉江明さんの窯で

 ミラノ・コルティナ大会をめぐり、日本代表選手への誹謗中傷が6万件を超えたという報道がありました。JOCは弁護士を含む専門チームを初めて配置し、悪質な投稿への削除要請を行っているとのことです。アスリートの心身を守るために、法的な対策が必要になる時代です。昨年公表された調査では、多くのアスリートが強い不安や孤独をはじめとするメンタルヘルスの課題を抱えながら競技に向き合っている実態も示されました。なぜ、一流のアスリートたちは、ここまで追い込まれてしまうのでしょうか。

強さの基準を問い直す

 私たちは近代以降、結果や成果、効率や勝利といった数値や記録で示される達成を強さの基準としてきました。勝てば称賛され、負ければ失望される。その単純な構図のなかで、アスリートは常に評価の対象となり、ときにパーフェクト・ヒューマンであることさえ求められます。これは、特別な人にだけ起きている出来事のようにも見えます。しかし、本当にそうでしょうか。私たちは、自然環境だけでなく、人間の身体さえも消耗させることで成長を実現してきました。資源を燃やし、人を急がせ、身体を酷使する。そうした構造の延長線上に、いまの社会があるのかもしれません。

 とりわけアジアは、世界経済やエネルギーの仕組みのなかで、生産や開発の現場として、資源や労働の負荷を引き受けてきた地域でもあります。今回、私が開閉会式をプロデュースするアジアパラ競技大会に参加するパラアスリートの身体にも、戦争や貧困、医療格差、環境破壊といった社会構造の影響が刻まれていることがあります。彼らは、個人の努力だけではどうにも抗えない環境の制約を抱えながら、周囲と関係を結び、支え合いながら、生きることと競技を続けています。私はそこに、速さや高さでは測れない、もう一つの強さがあると信じています。それは、「燃え尽きる強さ」ではなく、調整し、分かち合いながら「続けていく力」です。

エネルギーをどう使うか

 オリンピック・パラリンピックと世界選手権の違いはいくつもありますが、開会式の象徴といえば、やはり「聖火」でしょう。アジアパラの開会式を構想するなかで、私はこの聖火を「競い合う火」ではなく、「生命をつなぐ火」として描きたいと思います。奪い合い、燃やし尽くすエネルギーではなく、関係を結び、巡り続けるエネルギーへ。その視点から、式典の世界観を構想しています。

 また、今大会が掲げる「簡素で合理的、機能的な、新たな国際総合スポーツ大会の一つのモデルを示す」という基本方針も、単なる規模の縮小や効率化としてではなく、パラアスリートファーストの視点から式典の構造そのものを見直す機会にしたいと考えています。これまでパラリンピックの式典は、多くの場合、オリンピックのフォーマットを踏襲する形でつくられてきました。観客が目にする演出だけでなく、裏動線もまた、これまで多くは障害のない人たちによって設計されてきました。しかし今回は、障害当事者である私自身が総合プロデューサーという立場にあります。だからこそ、表に見える演出だけでなく、見えない裏側の待機時間、移動距離、転換の設計など、式典の骨組みそのものをパラアスリートの視点から見直す挑戦をしていきます。

鳥羽の火祭り 撮影:井上唯

大会スローガン「Imagine One Heart こころを、ひとつに」を、アジアパラの式典では同じになることではなく、異なるまま、共に在ることとして解釈します。

人類が火で湯を沸かし、生命をつないできたように。
分かち合う火を灯しながら、これからの時代の「強さ」とは何かを問いかける式典にしたいと思います。

平和と人類の可能性を希求する大会であり続けるために。
その試行錯誤の過程も、次回以降にご紹介していきます。

<次回5月10日更新予定>

著者情報

栗栖良依

アートプロデューサー/認定NPO法人スローレーベル芸術監督
「第5回アジアパラ競技大会・開閉会式」総合プロデューサー
東京造形大学でアートマネジメントを学び、イタリア・ミラノのドムスアカデミーにてビジネスデザイン修士取得。2010年に骨軟部癌を発症し、右下肢機能を全廃。障害者手帳を取得し、社会復帰を果たす。以後、自身の経験をもとに、アートと福祉、地域、企業をつなぐ共創プロジェクトを数多く手がけている。東京2020オリンピック・パラリンピックでは、開閉会式にてDEIとアクセシビリティを総合監修。大阪・関西万博『アオと夜の虹のパレード』音声ガイド・バリアフリー字幕監修、舞台『TRAIN TRAIN TRAIN(2025年11月・東京芸術劇場)』アクセシビリティディレクターなど、制度や常識にとらわれない自由な発想で、社会の可能性をひらくクリエイティブなアクセシビリティ実践に取り組んでいる。
TBS『ひるおび』レギュラーコメンテーター。Podcast番組『栗栖良依のCREATIVE FLIGHT』配信中。
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