連載コラム
2025/10/10
<寄稿>連載『ゆっくりいきましょう』
第2回:「夢の上書き」
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障害のある人たちとのランデヴー
私に社会復帰のきっかけをくれたのは、象の鼻テラスで生まれた「横浜ランデヴープロジェクト※」です。障害者施設とアーティストが自由な発想で生み出した雑貨を、ブランディングして販売するというミッションでした。当時、このプロジェクトに参加していた施設は10を超えたと思います。先天的な知的障害や盲ろうの人たちが働く地域作業所、医療ケアが必要な重度障害の人たちが通所する生活介護施設、脳血管疾患などで後遺症を抱える人たちを支援する活動センター、など。これまで障害福祉の世界に全く接点のなかった私にとっては、「障害者」とひとくくりにできない多様さを実感できる大変貴重な機会でした。何より、いつどこの施設を尋ねても、みなさん温かく迎えてくださって、私自身も障害があることから、同じ目線で対等に接してくださったことが何よりも嬉しかったです。雑貨たちは、「SLOW LABEL(スローレーベル)」の名で横浜高島屋を皮切りに全国へ広がりました。週末の実演販売では、多くの人の前で誇らしげに制作する施設のみなさん。その姿を見守るご両親が、涙される場面などにも多く出会いました。しかし、月日が経って注文が増えるにつれ、仕事が集中する人とそうでない人との差、納期に追われる焦りも生まれてきました。作業所に流れていたあの穏やかな時間が資本主義の論理にのみ込まれていく感覚があり、本当にこのプロジェクトは人を幸せにしているのだろうか、そんな疑問が私の中に芽生えてきました。

百貨店で行われた実演の様子
ロンドンパラリンピックと夢の扉
そして2012年の夏。私が障害者になって初めて迎えるオリンピック・パラリンピックがロンドンで開催されました。有名人が次々に登場し、エンターテイメント性にあふれるオリンピック開会式に対して、パラリンピックはまったく違う表情を見せました。ホーキング博士のナレーションで幕を開け、さまざまな身体的特徴を持つ人たちが宙を舞いながら力強くパフォーマンスする姿は、深く心に刻まれました。私は障害者になる以前、さまざまな国や分野の違う人たちとものづくりをしてきました。異なる視点を掛け合わせることで生まれる化学反応の瞬間が大好きだったからです。けれど、スローレーベルの活動を通して実感したのは、障害のある人たちとのものづくりは、その想像をはるかに超える世界に出会える、圧倒的にエキサイティングなものだということでした。もしこれをパフォーミングアーツに置き換えたら——絶対に面白いに決まっている。オリンピックよりも、パラリンピックの方が面白いショーになる。そう確信しました。そして、少しだけ生存率が伸びた私は、みんなの前で宣言したのです。
「私、夢を上書きする。オリンピックではなく、今度はパラリンピックをめざします!」

ロンドンパラリンピック開会式の芸術監督ジェニー・シーレイとの初対面
新たな挑戦と大きな壁
ロンドン大会が終わると、国内では一気に東京大会に向けた文化プログラムの機運が高まりました。そこで私は、象の鼻テラスと共に横浜市に「ヨコハマ・パラトリエンナーレ」という現代アートのフェスティバルを提案します。ものづくりに限界を感じ始めていたこともあり、表現の軸を現代アートに広げることで、より多くの人にひらかれた活動にしたいと考えたのです。このフェスティバルでは「アーティストと障害のある人が互いの強みを活かし合い、共に新たな表現を生む」ことをコンセプトに掲げました。2020年までの6年間をかけて、社会にあるバリアを発掘し、乗り越えるアイデアを試行し、社会に実装していく。そんな、発展進行型の一大プロジェクトでした。
ここでは、東京大会を見据えてパフォーミングアーツにも着手しました。フランスから帰国したばかりのサーカスアーティスト金井ケイスケさんを迎え、さらにロンドン大会の関係者を招き、創作のノウハウをゼロから学んでいきました。ところが、活動は早々に壁にぶつかります。とにかく障害のある参加者が集まらないのです。施設にアウトリーチでワークショップを届ければ、みんな楽しそうに参加してくれるのに、象の鼻テラスには足を運んでくれない。まずい、日本は創作のスタートラインにも立っていないのかもしれない。開会式なんてつくれないのでは!?

施設でサーカスワークショップをする金井ケイスケさん(中央右)
これを機に、私は「アクセシビリティ」と本格的に向き合うことになります。
「障害を理由に舞台に立つことを諦めなくていい環境をつくる」、そう決意した私たちスローレーベルの挑戦を、次回はお話しします。
※ ランデヴー プロジェクト
ランデヴー プロジェクトは、象の鼻テラスを運営するスパイラル/株式会社ワコールアートセンターが推進する、技術者や科学者、職人、アーティストやデザイナーなど、今まで互いに出会うことの少なかった人々の「出会い」から、新しい視点を活かしたモノづくりを提案していくプロジェクトです。