連載コラム
2025/11/10
<寄稿>連載『ゆっくりいきましょう』
第3回:「挑戦できる環境づくり」

写真:Ryohei Tomita
安心安全な創作環境をつくるスペシャリスト
私たちの社会には、段差や設備などの目に見えるバリアだけでなく、見えないバリアが無数に存在します。たとえインクルーシブを謳うワークショップでも、会場までの介助者が見つからない、障害のない人に混ざる不安、情報へのアクセスの難しさなど、参加をためらう人の理由はさまざまです。
この壁を取り除くために、スローレーベルでは「アクセスコーディネーター」と「アカンパニスト」という二つの専門職を生み出しました。アクセスコーディネーターは障害と舞台芸術の両方に精通し、舞台の外から安全を支えます。アカンパニストは表現者として共に舞台に立ち、安全を見守りながら、障害のある人の力を最大限に引き出します。この二つのスペシャリストと演出振付家が連携することで、誰も見落とさない安心安全な創作環境を生み出す仕組みです。
このノウハウは、実験、検証、改善を繰り返しながらひとつひとつ育んできたものです。海外の先駆者を招いて多様なメソッドに触れ、国内の演出振付家たちと実践的な創作を重ねました。障害のある人を対象としたオーディションの設計やリハーサルの組み立て方、夜間や野外といった過酷な条件下での安全管理など、すべては国内でパラリンピック開会式を実現可能にするための研究開発でした。

参加者の体調確認をするアクセスコーディネーター(左)
文字盤を使ってコミュニケーションをするアカンパニスト(右)
リオパラリンピックでの気づき
こうした取り組みが、2016年リオパラリンピック閉会式への参画につながりました。私はステージアドバイザーとして、演出振付を担うMIKIKOさんに企画会議から伴走しました。Perfumeの振付家として知られるMIKIKOさんのハイレベルな振付を、アカンパニストが個々の身体特性に応じた安全な動きに翻訳し、アクセスコーディネーターはリハーサル運営や移動・宿泊を支えるスタッフに伴走。気候、感染症、治安など、当時懸念された課題を念頭におきながら、安全な環境づくりに奔走しました。
このリオでの経験は、その後の私たちの活動方針を大きく転換させました。それは、”芸術的表現“の追究以前に、あの過酷な環境に耐えうる“心身”へのアプローチが必要だと気づいたこと。長時間の待機や移動、見知らぬスタッフとのコミュニケーション、そのすべてが安心安全を第一に設計された福祉施設の環境とは真逆なのです。もちろん、この環境に耐えられる人だけをキャスティングするという考え方もできたかもしれません。しかし、それでは「障害を理由に舞台に立つことを諦めなくてすむ環境をつくる」という、私たちチームの目標を手放すことになってしまうのです。

リオの控室でアカンパニストと共に
リスクのある挑戦が人とチームを育てる
帰国後、まず取り組んだのは、理学療法士とともに開発したフィジカルトレーニングです。安全のために「無理しない」ことが求められがちな障害のある人たちに、表現者として必要な基礎体力と身体感覚に向き合う場をつくりました。もう一つは、シルク・ドゥ・ソレイユが世界各地でマイノリティのエンパワメントとして実践している「ソーシャルサーカス」の研究です。危険を伴うサーカスの技を安全に行うには、仲間との信頼関係や危機管理能力、集中力が欠かせません。今までできなかったことに挑戦し、乗り越える中で得られる成功体験が、自己肯定感を養い、社会を生き抜く力へとつながります。
私たちがソーシャルサーカスから学んだのは、「安全にできること」だけを繰り返すのではなく、リスクのあることに、安心安全に挑戦できる環境をつくることの大切さです。互いに支え合いながら恐れを超えていくその過程にこそ、真のアクセシビリティがあったのです。

エアリアルパフォーマンスに挑戦する車椅子ユーザー
東京パラリンピック開会式の舞台では、感染症や熱中症など多くのリスクを抱えながらも、約160名の多様な障害のある人たちを迎え入れることができました。それは、この“挑戦できる環境”を地道に耕してきたスローレーベルのチームの力があったからなのです。
栗栖良依






