レポート

2020/02/03

共に奏でる喜び伝える ホワイトハンドコーラス

 ホワイトハンドコーラスとは、障害の有無に関わらず、子どもたちが声と、白い手袋をはめ表現するオリジナル「手歌」で、生き生きと奏でるコーラス隊。1995年南米のベネズエラで音楽教育プログラムとして誕生しました。日本では2017年に一般社団法人エル・システマジャパンと東京芸術劇場がこの活動をスタート、19年からは文化庁も共催。聴覚だけでなく視覚に障害のある子どもや、障害の有無に関わらず希望する子ども誰もが参加できる仕組みが整い、世界で活躍する音楽家や手話の専門家が指導にあたっています。コンサートに向け行われたリハーサルを取材しました。


聞こえにくい子も見えにくい子もお互いの扉を開き、相手を知る

 東京芸術劇場のリハーサル室に「東京ホワイトハンドコーラス(以下TWHC)」の子どもたちが集まった。TWHCには2つのグループがある。聴覚障害のある子どもたちを中心にオリジナルの手歌で表現する「サイン隊」と、視覚障害のある子どもたちを中心とする「声隊」だ。5~14歳まで約50人の子どもたちが、週1回約2時間の練習を重ね、舞台を目指す。この日の前半は各隊が別々の部屋で練習し、後半で合同練習となった。

コロンえりかさん/エル・システマジャパン芸術監督(ホワイトハンドコーラス)。ソプラノ歌手。ベネズエラ生まれ。聖心女子大学・大学院で教育学を学んだ後、英国王立音楽院、声楽科修士課程を優秀賞で卒業。

 2018年、視覚障害のある子どもたちを迎えた初めての合同練習の日、大人は異なる障害のある子どもたちの交流を心配した。しかし、いざペアを組んでみると各自が工夫しコミュニケーションし始めた。「相手のことを知りたいという無邪気な好奇心が大切。子どもたちが教えてくれた」と語るのは、エル・システマジャパン芸術監督(TWHC)コロンえりかさん。大学在学中から「聴覚障害の子どもと音楽」について研究し、祖国ベネズエラ発祥のホワイトハンドコーラスを日本でも、と考えた。コロンさんが現地の指導を視察した際、最も印象に残ったのは「子どもを信じること」だった。「最初から大人が教えるのではなく、子どもの中から湧き上がってくるもの、子ども同士の教え合いこそが尊い」と言う。

井崎哲也さん/東京ホワイトハンドコーラス指導担当

 サイン隊の「手歌」は一般的な手話にとどまらない。日本ろう者劇団の顧問を務める井崎哲也さんが共に指導にあたる。「耳が聞こえない私にとって音楽は苦手なものだった。でも声に手歌を合わせることで、ひとつの歌になる。サイン隊の子どもたちが、表情豊かに楽しげにアイデアを出す姿が何よりうれしい」と手話で語る井崎さんの元に、「先生、聞いて!」と元気な手話で子どもたちが駆け寄り、レッスンが始まる。

多様性のある社会の豊かさと楽しさを、音楽で伝える

佐々木庸子さん/東京ホワイトハンドコーラス指導担当

 声隊の指導にあたる佐々木庸子さんは、劇団やプロダクションで多くの子どもを教えている。「視覚障害のある子どもたちを指導するのは初めてだが障害を感じたことは1度もない。耳の集中力がとても鋭く、音で体現する力がどの子も素晴らしい」と期待を寄せる。佐々木さんが声隊のひとりに「おじぎのタイミングを合わせるにはどうしたらよい?」と尋ねた。その子は「隣の子の息と、あとは心で感じて合わせる」と答えた。

 ひとつの舞台を作り上げるための厳しい要求に、子どもたちはたくましく応える。その姿を「美しいものを探そうとアンテナを張り巡らせている」とコロンさんは表現する。昨年の舞台で、コロンさんが指揮をしたときには「子どもたちの中から魂が解き放たれていくのが見えるような感覚があった」とも。「障害の有無に関わらず私たちは自分の肉体という制限の中にいる。表現ツールがあれば人は自由になれる。より芸術的な観点で表現を追求したい」と目標は高い。

 一流の芸術家から直接指導を受けることで、子どもたちは日に日に成長する。レッスン料は一切無料でこうした活動が成り立つのは、官(文化庁)、公(東京芸術劇場)、民(エル・システマジャパン)の連携による。エル・システマジャパン代表理事の菊川穣さんは「それぞれが知恵と資金を提供し活動する中で、さらに個人、団体、企業から賛同と支援をいただき運営が循環しているユニークな取り組み」と自負する。

古橋富士雄さん/エル・システマジャパン音楽監督(コーラス)

 エル・システマジャパンの合唱・音楽監督として指導にあたる指揮者の古橋富士雄さんは「障害のある子どもたちの学習を支援する体制が整い、健常の子どもと共に成長し合えることがあたりまえの社会を」と願い、この活動を続ける。コロンさんは言う「TWHCは多様性のある社会がどんなに素晴らしくて楽しいものかということの、小さな実験場でもある」と。

 子どもたちの次なる舞台は4月、東京芸術劇場で開催される『世界子ども音楽祭』。さまざまな国の人たちと共にベートーヴェンの「交響曲第9番」を歌う。「言語も肌の色も障害の有無も違う人達が作る音楽の中に飛び込んで、皆さんもぜひ一緒に楽しんでください」とコロンさんは呼びかける。


練習を見守る保護者の声

サイン隊のみさきさん(小5)の母  信太直子さん

「本物の楽器の振動を感じたり、プロの先生から舞台の立ち方やあいさつの仕方を教わり、音楽で表現することが大好きになりました」

 

声隊の大樹くん(小4)の母  百田佳子さん

「兄は見えにくく弟は見えるので、一緒に遊ぶのが難しかったけれど、兄弟でコーラスを習い始めてから家でも楽しそうにハモっています」


世界子ども音楽祭2020 in 東京

仲間とともに奏で、歌い、多様性と平和を祝おう

国内4カ所、世界8カ国から総勢350人の子どもたちが集う音楽祭。育った環境も言語も障害の有無もさまざまな子どもたちとアーティストがひとつになり奏でます。

    • <日程>
      2020年4月3日(金) 19:00開演(18:00開場)
      2020年4月4日(土) 15:00開演(14:00開場)
    • <場所>
      東京芸術劇場 コンサートホール(東京都豊島区西池袋1-8-1)
    • <チケット>
      3日 S席:¥4,000、A席:¥3,000
      4日 S席:¥3,000、A席:¥2,000
      ※全席指定・税込
      ※高校生以下・障害者手帳をお持ちの方は、両日、S・A席ともに¥1,000

  • ■お問い合わせ 
    主催・お問い合わせ:一般社団法人エル・システマジャパン
    電話:03-6280-6624
    メール:info@elsistemajapan.org

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