レポート

2023/08/31

互いの違いを認め合える
学びの場をつくるために

東京青年会議所世田谷区委員会のサポートのもと行われた第1回目の授業。VRによる体験後は意見交換も行われた

 近年、増加傾向にある子どもの発達障害。この身近な障害について、子ども自身が知り、自分や他者への理解を深めることは、多様性を受け入れる学びの場の実現につながります。66月〜711日に計5回、世田谷区立池之上小学校にて、VR(仮想現実)を使った発達障害の疑似体験を通して発達障害を体感し、共に考える授業が実施されました。公益社団法人東京青年会議所世田谷区委員会が企画し、池之上小学校、世田谷区教育委員会、VRコンテンツを制作した(株)シルバーウッドの協働によって実現した授業の模様をお届けします。

 

VRで発達障害を擬似体験

 来年度、新校舎への移転にあわせて新たに特別支援学級が設置される池之上小学校。今回の特別授業は「人にやさしく、思いやりのある社会を創る」をテーマに、障害の有無に関わらず、皆で楽しく学び合える学校を目指して実施されました。6月6日、小学5年生約50名を対象とした特別授業の1回目では、VRで発達障害を擬似体験。発達障害は脳機能の発達に関係する障害で、自閉スペクトラム症や学習障害などもその一つ。この日は、同じく発達障害の一つ「ADHD(注意欠陥多動性障害)」、発達障害のある人にも多いとされる「聴覚や視覚の感覚過敏」をVRで体験しました。

 スマートフォンとヘッドホンで視聴するVRの実写映像は、視聴者自身に発達障害がある設定です。「聴覚過敏」のコンテンツでは、ある対話のシーンを再現し、対話する相手の言葉より周囲の雑音が大きく聞こえる発達障害の特性を体験しました。一方、「視覚過敏」では、画面の風景が変わるたびに砂嵐のようなノイズが見えたり、太陽の光を強く感じて、まぶしそうに目を細める児童の姿も。集中できない、じっとしていられないなどの特性がある「ADHD」は、VRでもさまざまなシーンが目まぐるしく変わり、当事者の脳内イメージの一例を可視化。どのコンテンツに対しても、児童から「不安になる」「疲れそう」といった感想とともに「体調によっては僕も雑音の方が強く聞こえるときがある」という共感の声もありました。

     

    発達障害をVRで疑似体験する児童

     

    多様な視点を得られたプレゼンテーション大会

     6月27日、4回目の特別授業(※1)では、障害擬似体験での学びを多くの人に伝えるために校内でのプレゼンテーション大会に挑んだ子どもたち。この日のために、発表内容を班ごとに話し合い、プレゼン用資料をつくりました。

     どの班もまずは「発達障害」について、障害の特性や障害種別の人数の割合など、自分たちで調べた成果を発表。ある班では「発達障害は1学級に2名程度の割合でいる可能性がある」などの調査結果(※2)を知り、ごく身近な障害であることにも気づいたようです。そして、すべての班に共通していたのが「差別のない、助け合える社会にするために自分たちにできることは何か」という内容を大きなテーマに掲げていたことでした。ある班は「障害のある人が困っていたら声をかけたい」、別の班は「障害のある人のことを気にかけ、仲良くしたい」など障害を知るだけでなく、日常生活の中でいかに「行動」に結びつけられるかも考えられていました。仲間との意見交換や他の班の発表を聞くことで、多様な視点を得る機会にもなったようです。

     

    1 2回(68日)、第3回(612日)の授業では、世田谷区委員会などの指導のもと、児童はプレゼン方法について学び、発表用資料を準備した ※2 文部科学省調査を参考

     

    プレゼンテーション大会の様子。4人1班となり、発達障害について自分たちで調べた成果を発表。自作のイラストや動画を使って分かりやすく解説する様子に、観覧していた保護者など大人たちも聞き入った

     

    他者への理解を深め、自分の行動を変えていく

     7月11日、最後の特別授業では、これまでの授業の振り返りや児童へのアンケート結果の共有などが行われました。この日、ファシリテーターを務めたのは、東京青年会議所世田谷区委員会副委員長の佐藤祐輝さんです。「今回、皆さんは外見だけでは分からない障害があることを知ることができましたね」と佐藤さん。皆に向けてアンケート結果を発表していきます。

     「発達障害のある人への接し方で心がけたいことは?」という質問に対して「優しくしたい」「感情的にならない」などの回答が多い中、「障害のあるなしに関係なく、みんなに優しくしたい」という回答も。佐藤さんは「それは、今回皆さんにぜひ気づいてもらいたかったこと。障害のある人への理解を通じて、自分以外のすべての“他者”を思いやる心を育んでもらいたかった」。さらに「障害のある人には優しくしたいけれど、特別扱いも差別かもしれない。だから、正直、正解が分からない」という回答に対して、佐藤さんは「本音だと思う。私たち大人も正解は分からない。どうしたらいいのかを考え続け、関心を持ち続けることが大切なのでは」と問いかけました。

     最後の質問「特別授業を受ける前と後で変化したことは?」に対しても、多くの回答が寄せられました。「障害のある人のことを考えるようになった」「特別支援学級ができることが楽しみになった」「これまでは障害のある人に関わらないことが優しさだと思っていたけど、障害のある人も自分に関わってくれた方が嬉しいのだと思った」。他者への理解を深め、自分の行動を変えていこうとする心を育んだ授業となりました。

    最後の授業では、これまでの学びや行動変容を皆で共有した


    子育て経験をきっかけに特別授業を企画

     今回の授業は、東京青年会議所世田谷区委員会副委員長の佐藤祐輝さんの子育て経験がきっかけとなり企画されました。「私の娘は6歳の時に自閉症と診断されたのですが、障害を知ることで娘への接し方が大きく変わった。娘のペースに合わせるようになりました。この経験から、子どものうちから他者を理解しようとする心を育むことの必要性を感じるようになりました」。同委員会の発案に賛同し、授業を行った池之上小学校、世田谷区教育委員会に対して「皆さん、この授業を実施する意義を感じてくださった」と話すのは、同会議所同委員会委員長の壹岐寅彦さん。多くの人が携わった特別授業を終えて、壹岐さんは感想をこう語りました。「子どもたちが他者について深く考え、行動変容につなげようとする姿を見て、私自身も意識や行動が変わりました。大人も含め、多くの人がこのような学びの機会を得ることで、誰もが暮らしやすい社会の実現に近づくのではないでしょうか」。

    (公社)東京青年会議所世田谷区委員会 委員長
    壹岐寅彦さん(右)
    (公社)東京青年会議所世田谷区委員会 副委員長
    佐藤祐輝さん(左)

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