レポート

2018/07/25

<寄稿>可能性を信頼する ドイツの障がい者雇用

スタッドハウスホテルで働くクラウディアさん(中)と筆者(右)

<寄稿> NPO法人 ディーセントワーク・ラボ 理事長 中尾文香

今回はドイツの障がい者雇用事例をご紹介します。

(1) ホテルで働く障がい者

 朝食時、彼女は何度もテーブルに来ては、コーヒーやブッフェスタイルの食事がそろっているか、様子をうかがう。彼女の名はクラウディア。満面の笑みで話しかけてきてくれる。言語はドイツ語でわからないが、彼女が仕事をする様子を見ていると、働くことが本当に楽しいと伝わってくる。

 ドイツでは、障がい者13人が交代で働いているホテルがある。スタッドハウスホテルだ。13室という小規模だが、時期によっては3ヶ月先まで予約が埋まるほど人気のホテル。彼らが働いている時に、障害のない人は、ホテルマンだた1人。障がい特性や個々の性質に応じた形で仕事が組まれていて、彼らの得意を活かし、お互いの苦手を補い合いながら仕事を進める。

 ホテルでの仕事は大きく分けて4つ。まずは受付。これはホテルマンが行っていて、お客様のチェックイン、チェックアウトの時間によって、時間を調整しながら障がいのある人たちに仕事を割り振っている。2つ目は、部屋の掃除やシーツ交換など。これは、自閉症や人とのコミュニケーションが苦手な人が担当している。3つ目はキッチンと食堂。主に朝食の準備と片づけを行ったり、お客様の接客をしたりしている。お客様と話す機会も多いので、知的障がいや精神障がいのある人で、人と接することが好きな人がこの仕事を担当している。4つ目は洗濯。シーツやタオルを洗い、プレスをしてたたむという仕事である。

 基本的に、彼らは誰かに指示されて仕事をするのではなく、全て自分で仕事をこなす。ホテルマンは遠くから見守りながら、必要のある時に手助けができるようにしている。

(2) 障がい者雇用の成功モデル

 ヨーロッパにおいて、ホテルという業種は障がい者が働く上で成功モデルと言われている。しかし、ここがスタートした25年前は、周りから「絶対うまくいくわけがない」と言われてきた。でも今では、オーストリア、スイス、ドイツ。この3つの国で同じコンセプトのホテルが50以上作られ、チベットやロシアといった世界中からの見学が途絶えることはない。お客様からの評判は上々でリピーター客も多いそうだ。フレンドリーな雰囲気がたまらなく魅力で、スタッフの皆にまた会いたくなる。

 ドイツの法定雇用率は5.0%であり、実雇用率は4%を超えている。2000年以降、様々な制度がつくられ、就労支援機関が雇用者と障がい者の間に入って、福祉事業所(施設)ではなく企業で働けるよう全体的にサポートしており、ドイツから学ぶべきところも多い。

(3) スーパーマーケットで働く障がい者

CAPの外観

ハンブルグのCAPで働く彼女の仕事は陳列からスタートする。乳製品系を並べ、新しい商品を並べて行くのが最初の仕事。その後、賞味期限の確認をすべて行う。その他にも、近くの幼稚園からの注文が電話で来るので、こちらで詰め合わせて送るという仕事もある。
 障がい者雇用のサポートスタッフは、「訓練には電話の注文がすごく良い」と話す。お客様から「トマト、パスタ下さい」となると、それを探す時に、スーパーの中を端から端まで把握できる。訓練で学んだことを実践するのだ。探すためには人に聞かなければならない。紙に書いた注文を読まなければいけない。これも訓練になる。ここでは、上の階で週1回職業訓練をしている。上で学んだことをスーパーですぐに実践しながら学べるので、習得も早い。

(4) 成功の鍵は、障がい者と企業の間のコーディネート

 CAPはドイツの中に104店舗あるスーパーで、従業員1555人のうち850人が障害者である。エデカと提携し、卸などのサポートを受けている。ハンブルグのCAPは、Elbeという、障がい者に対して職業訓練や雇用機会を提供する機関と連携して、障がい者雇用を進めている。

 インタビューの最後に、彼女は「基本的に仕事は全部大好き。いつか絶対レジをしたい」と目を輝かせながら話してくれた。お金をたくさん稼ぎたいので、将来は普通のスーパーで働きたいとのこと。サポートスタッフは、「彼女たちを信じることがとても大切だと思う。いつも手を差し伸べるだけではない」と教えてくれた。

 スタッドハウスホテルやCAPハンブルグでは、障がい者の特性や好きなこと、モチベーションを、どのようにすれば仕事に結び付けられるのか、それを試行錯誤しながら本人と共に見つけていることが特徴的であった。今できることよりも、少し難しいことをやってもらって、少しずつ小さな成功を積み上げていく。そして、1年後にはそれぞれ目に見えるような成果をあげることができるそうだ。スタッフ陣の根気づよさ、そして、何よりも障がい者の可能性を信頼するということが、多くの雇用に結びついている。

【スタッドハウスホテル】https://www.stadthaushotel.com/en/
【CAP】http://www.cap-markt.de/


●PROFILE●  中尾文香(NPO法人 ディーセントワーク・ラボ 理事長)

学生の時に、地域の障がい者当事者団体と一緒に活動する中で「働く」ことの大切さを実感したことから、障がい者の就労・雇用に関する研究を行う。博士(社会福祉学)。社会福祉士。著書に『障害者への就労支援のあり方についての研究』(風間書房)などがある。

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