レポート

2019/08/31

9月1日は防災の日

防災に必要なのは「自分を知る」こと

 9月1日は「防災の日」。防災グッズや家族の連絡方法などを見直す、良い機会です。「命を守るために必要なものは一人ひとり違う」と話すのは、東京女子大学の前川あさ美教授。東日本大震災後、発達障害の子どもや家族、支援者との交流を通して、発達障害の人が災害から身を守るためのアプリを開発。「防災と発達障害」をテーマに全国各地で啓発活動も行う前川教授の話をヒントに、今までとは違う視点で防災を考えてみませんか。


東京女子大学・前川あさ美教授

発達障害の人と家族は 大震災をどう生き延びたか

 元々私の専門は「心の痛み」、「心の回復力、成長」です。いじめや虐待、災害などで心に傷を負った子どもたちの支援活動を通して、発達障害の子どもたちとたくさん出会い、彼らの支援・啓発に取り組む中で、東日本大震災後、日本発達障害支援ネットワークの専門チームの一員として現地に赴きました。

 生まれたときから、対人関係やコミュニケーションなどに苦手さ、不自由さを持っている発達障害の子どもたちと家族には、被災地おいて「場所」「情報」「物資」「理解」の4つが不足していることがわかりました。大勢の人が集まる避難所には、音や光、匂いに敏感な発達障害の子どもたちにとって、安心して過ごせる「場所」がありませんでした。避難所にいられず車中や半壊した家で過ごす人たちは、ライフラインの復旧や、水や食料の配給に関する「情報」が得られず、必然的に「物資」も不足しました。こうした状況の背景には発達障害についての「理解」が足りないことがありました。避難所で「あいさつができない」、「うるさい」、「しつけができていない」などの非難を耳にし、「場所」を失い「情報」も「物資」も届かない。せっかく津波を生き延びたのに、その後の避難生活で「この子は死んでしまうかもしれないと思った」という親御さんたちの声を集め、2011年に『災害と発達障がい』というマニュアルの初版を作りました。発達障害とはどのような特徴があり、災害時にはどんなことが起こりどうすればいいか、災害に備え普段からできることは何か。繰り返し現地を訪れ改訂を重ね、4年がかりで被災者の人たちと一緒に作りました。

発達障害の子どもたちが 教えてくれる「生きる力」

 発達障害にはさまざまな診断名があり、同じ診断名であっても特徴は一人ひとり違います。気持ちを安定させるために薬よりも大切なものが、ある子は辞書、ある子は粘土、とそれぞれ違う。それがないことで自分を統制できず不適応的行動をとってしまうこともあります。そこで災害時のサポートカードとして、苦手なこと、安心できること、パニックになったらどうしてほしいかなどを記入できる「自分をまもるカード」を作りました。そのカードをもとに防災アプリ「まもるリュック」を開発。このアプリは盛岡の高等支援学校の防災教育でも使用され、子どもたちが「できないこと」だけでなく、「できること」を教師や家族と共有し、防災の準備をすることで大きな自信につながっています。東日本大震災の避難所でも実際に、自閉症の男の子がピアノでラジオ体操の伴奏をしてみんなに喜ばれたり、折り紙の得意な子が高齢の被災者の心を癒したりということがありました。災害から生き延びるためには、食べて排せつして眠るだけじゃなく、「誰かの役に立つ」「必要とされる」こともとても重要です。

 こうした活動を通して実感したのは、発達障害の人に限らず、自分の身を守るためには、「自分を知ること」、「知ってもらうこと」がとても大切だということです。誰にでも「苦手なこと」と「得意なこと」があり、弱さや強さを出し合って、ともに生きてくことがこれからの防災を考える上で重要だということを、発達障害の子どもたちが教えてくれました。


●PROFILE●
東京女子大学現代教養学部 心理・コミュニケーション学科 教授
臨床心理士 公認心理師

前川 あさ美さん

 心に傷を負った子どもと家族の理解と心理臨床的支援、ならびに支援者支援が専門。1983年に教育学士、1986年に教育学修士を取得(東京大学)。主な著書に『つなぐ心と心理臨床』(単著/有斐閣)、『発達科学ハンドブック7 災害・危機と人間』(編者/新曜社)、『発達障害の子どもと親の心が軽くなる本』(単著/講談社)、『発達障害 僕にはイラつく理由がある』(監修・解説/講談社)など。

関連記事