レポート

2019/11/28

<寄稿>横浜音祭り2019 インクルージョン事業①
魔法の楽器『だれでもピアノ』

 横浜の「街」そのものを舞台とした日本最大級の音楽フェスティバル「横浜音祭り2019」が9月15日から約2か月間にわたり開催されました。今回、「クリエイティブ・インクルージョン」がコンセプトの一つとして掲げられ、国籍、ジェンダー、世代や障害の有無を超えてあらゆる人に音楽の楽しみをお届けする取り組みが行われました。5つのインクルージョン事業の活動に携わった5名の方がレポートします。


<寄稿>横浜みなとみらいホール 事業企画チームリーダー 堀利文

 10月6日(土)・9日(火)・11日(木)・19日(土)・20日(日)の日程で、横浜市中区の象の鼻テラスで、横浜みなとみらいホールの主催により「だれでもピアノ」が、全8回のスケジュールで開催された。

 「だれでもピアノ」は、ショパンのピアノ曲「ノクターン」を弾きたいと願い、ずっと練習を続けていた手足の不自由な車椅子の高校生のため、2015 年にヤマハ株式会社研究開発統括部と東京藝術大学COI拠点「障がいと表現研究」グループ(現 インクルーシブ・アーツ研究グループ)が共同で改良・開発を行った、Disklavier(ディスクラビア)※ピアノを使った演奏追従システムとペダル駆動装置システムである。

 片手の1 本指だけでメロディを奏でると、そのメロディのタイミングや強弱に合わせて自動でペダル付の伴奏が奏でられるシステムとなっている。当初は一人の障がい者の願いをかなえるために開発されたシステムだったが、年齢や障がいの有無、ピアノの演奏経験などにかかわらず、だれでもピアノ演奏の楽しさを味わうことのできる「魔法の楽器」として、幅広い層に向けて様々な場所で展開されている。

 現在では、最初に制作された「ノクターン」の自動伴奏データの他に、これまでの企画の展開に合わせて「きらきら星」「ふるさと」「大きな古時計」が順次制作され、さらに今回の企画開催にあわせて「横浜市歌」「歓喜の歌」の2曲が新制作され、一般に公開された。

 10月6日の第1回は、このプログラムの企画構成者であり、「横浜音祭り2019」のディレクターである新井鷗子が、自ら「だれでもピアノ」の魅力を説明・紹介した。この楽器の楽しさが伝わったのか、説明の段階から小さな子どもたちが楽器の近くに集まり、早く鍵盤に触れたいと待ちかねているようだった。

 さらに、「だれでもピアノ」体験コーナーの最初には、特別ゲストとして横浜市立中村特別支援学校の生徒と校長先生が登場した。実は、中村特別支援学校と「だれでもピアノ」には以前から縁があり、今年の2月と6~7月には、学校内に「だれでもピアノ」を設置して自由に触れる機会を設けていた。この期間、中村特別支援学校の子どもたちは、それぞれの楽しみ方で「だれでもピアノ」に触れ、だれでも演奏できるというこの楽器の本領が発揮され、大いに盛り上がっていた。この日も、たくさんの人が注目している中で二人はしっかりと演奏し、体験コーナーの口火を切ってくれた。

 10月9日・11日・19日の実施(全6回)では、作曲家・ピアニストの田川めぐみが、シューマンの「トロイメライ」やドビュッシーの「亜麻色の髪の少女」など、聴きやすいピアノの名曲の演奏を挟みながら、「だれでもピアノ」の紹介と体験コーナーをリードした。まったくピアノに触ったことないのだけれどと言いながら「横浜市歌」に挑戦した男性は、ところどころつっかえながらも、最後まで演奏しきって満足そうだった。メロディの演奏が止まってしまっても楽器の側で待っていてくれる「だれでもピアノ」の特性と、横浜育ちなら8割以上が歌えるとも言われる「横浜市歌」の特性がうまくかみ合った瞬間だった。

 最終日の10月20日は、企画者の新井と、ピアニストで『「ゆび1本」からのピアノ』メソッドを展開している蔵島由貴が登場。「だれでもピアノ」の紹介とともに、蔵島の演奏で「指一本のワルツ」とも呼ばれるモーツァルトの「バター付きパン」や、エルガーの「威風堂々」を左右の指1本ずつだけで演奏するアレンジ版とオリジナル版の演奏の弾き比べなど、ピアノの色々な可能性についても紹介していった。最終日ということもあり、たくさんの来場者があり、子どもたちは最初から最後までピアノの周りに鈴なりの状態で、繰り返し何度も弾いたり、演奏に合わせて打楽器のように椅子を叩いてリズムを取ったりと、様々な楽しみ方で参加していた。終了を予定していた時間になっても体験希望者は途切れず、来場の皆様が満足いただけるまで時間を延長した。

 この5日間・8回のプログラムでは、この企画を楽しみに来場された方、観光の途中で立ち寄られた方、別のイベントの合間の休憩に来られた方、老若男女、健常者の方・障がいのある方など様々な属性の方、延べ390名が来場した。3年に一度、横浜で開催される日本最大級の音楽フェスティバル「横浜音祭り2019」の企画の1つとして、「あらゆる人に音楽の楽しみを」というテーマにぴったりと合致したものとなったと確信している。

※Disklavier(ディスクラビア):演奏情報を忠実に録音し再生できるヤマハの自動演奏機能付きアコースティックピアノで、ヤマハ株式会社の登録商標。


横浜音祭り(ヨコオト)公式サイト https://yokooto.jp/

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