レポート

2019/12/03

<寄稿>横浜音祭り2019 インクルージョン事業④
真っ暗闇でコンサート 『ミュージック イン ザ ダーク』

 横浜の「街」そのものを舞台とした日本最大級の音楽フェスティバル「横浜音祭り2019」が9月15日から約2か月間にわたり開催されました。今回、「クリエイティブ・インクルージョン」がコンセプトの一つとして掲げられ、国籍、ジェンダー、世代や障害の有無を超えてあらゆる人に音楽の楽しみをお届けする取り組みが行われました。5つのインクルージョン事業に携わった5名の方がレポートします。


<寄稿>東京藝術大学COI拠点特任教授 新井鷗子

 11月2日(土)横浜みなとみらいホール小ホールにおいて「ミュージック・イン・ザ・ダーク」が行われた。「ミュージック・イン・ザ・ダーク」は、視覚障害のある演奏家と視覚障害のない演奏家の合同メンバーによる合奏団が、照明をすべて消した真っ暗闇の空間で演奏するコンサートである。暗闇では、演奏者も観客も誰もが「何も見えない」という同じ条件のもとで音楽を享受することになる。この企画は2015年に東京藝術大学主催のイベント「藝大アーツスペシャル 障がいとアーツ」の中で始まり、今回でシリーズ5回目となった。

 通常、演奏家にとって、コンサートの本番で暗譜(楽譜を見ないで)で弾くことは大きな緊張を伴うものであるが、視覚障害のある演奏家にとって、演奏とはすなわち「暗譜」で演奏することであり、視覚情報を取り去った暗闇のコンサートでは、逆に晴眼の演奏家にハンディキャップが課されることになる。「ミュージック・イン・ザ・ダーク」シリーズは、演奏者たちは各自のパートを暗譜し、暗闇の中でお互いの息遣いと気合いだけで一糸乱れぬアンサンブルを作り出すことが、ほかのコンサートでは決して味わえない特徴と魅力である。

 本公演はソリストに、ヴァイオリン界の巨匠徳永二男氏、視覚障害のあるヴァイオリニスト川畠成道氏を迎え、コンサートマスターに東京フィルハーモニー交響楽団コンサートマスター三浦章宏氏、合奏団には3名の視覚障害者を含む実力派演奏家たちが集められた。

 プログラムは、まずヴァイオリンの無伴奏曲、徳永氏がイザイ作曲「無伴奏ヴァイオリンソナタ」第3番、川畠氏がエルンスト作曲「シューベルトの<魔王>の主題による大奇想曲」。ホール内は完全に真っ暗。目が慣れてきて何かがうっすら見えてくることもないほど、光をまったく遮断した漆黒の闇の中から、ヴァイオリンの音だけが響いてくる。目を閉じているのではなく、目を開いているのになにも見えないという状況で演奏を聴いていると、音楽が切迫してくる場面では背筋がぞっとするような恐怖を感じ、ゆったりとメロディが歌われる場面には永遠に続くと思えるほど長い時間経過が感じられる。

  続いて合奏団が登場し、モーツァルトのディヴェルティメントニ長調(K.136)の演奏。観客の一人は、「モーツァルトの底抜けに明るい快活な音楽を、地球上にたった一人取り残されて聴いているような孤独感と、演奏者同士がお互いの気配だけで合奏していることを想像すると妙な一体感が生まれたり、なかなか言葉では説明できない、不思議としか言いようのない感覚に包まれた。」と言っていた。第1部をしめくくるバッハの「二つのヴァイオリンのための協奏曲ニ長調」では、照明はほとんど消さず明るいまま、徳永氏と川畠氏が一切アイコンタクトをとらずに丁々発止の掛け合いを繰り広げた。

  休憩後の第2部は、ヴィヴァルディ作曲のヴァイオリン協奏曲<四季>。ホールの観客もようやく暗闇で演奏を聴くことに慣れてきたのか、次第に会場の空気も和んできた。この作品では、春夏秋冬の音楽の描写にあわせて会場の照明を徐々に(気づかないほどじわじわと)暗くしたり、次第に明るくしていったり、照明の演出と音楽の流れを融合させ、「ミュージック・イン・ザ・ダーク」ならではの効果を観客が楽しんだ。

 そして暗闇の中に「四季」の最後の一音が消えていくと、満場の観客から喝采がわきおこった。出演した演奏家からは、「普段、楽譜に書いてあることを条件反射的に演奏しているが、なにも見えないと逆に、作曲家の意図までを考えながら音を出すようになる。」「自分の音に深く耳を傾けるだけでなく、他の奏者の音をより注意深く聴かないとアンサンブルが作れないのでとても刺激になる。」「暗闇では、真立した姿勢を保って演奏することだけでも大変。いかに目から多くの情報を得て演奏しているかがわかった。」等の感想があった。

 視覚以外のあらゆる感覚を研ぎ澄ませて、人と人とが音だけでコミュニケーションをとった2時間。見えることによって聴こえない音、見えないからこそ聴こえる音、多くの新しい気づきを得ることができた。暗闇と全盲とはまったく違うものであるが、この試みが視覚障害を知るきっかけの一つになれば幸いである。


横浜音祭り(ヨコオト)公式サイト https://yokooto.jp/

関連記事