インタビュー
2020/08/19
障害がある子もない子も共に育ち合える社会を
一般社団法人 すかすかいっぽ 代表理事
五本木 愛さん
横須賀市久里浜の商店街にある学童「すかすかきっず」は、障害のある子もない子も、放課後を一緒に過ごせるインクルーシブ(※1)な学童です。運営しているのは障害児の母たちが設立した一般社団法人すかすかいっぽ。「自分たちが欲しいものをかたちにしただけ」と話す代表理事の五本木 愛さんに、同法人の成り立ちと、さらなる夢を聞きました。
2つの幼稚園で経験したことがインクルーシブな学童の原点
28歳から9歳まで6人の子を持つ五本木愛さんの末娘うららちゃんは、1歳半でアンジェルマン症候群という難病の診断を受けた。発語障害やてんかん発作などの症状を示す遺伝子疾患のひとつだ。自分を責め、泣くばかりだった五本木さんの心に、やがて変化が訪れる。「障害があってかわいそうだと泣いている私はこの子を差別している」、そう気付いた五本木さんはうららちゃんのために何ができるかを考えた。横須賀市の療育相談センターを訪ね、同センターが実施する療育教室を経て、通園部門「ひまわり園」に入園。その際「上の子どもたちが通った幼稚園の生活も経験させたい」と、両園に相談した。「週1回でも、とお願いして、うららは2つの幼稚園に並行通園できることになったんです。今思うとその経験がインクルーシブの原点でした」。
「ひまわり園」では、保護者会の会長を務めることになった五本木さん。市の会議に出席するたび、その場で得る情報が障害児の親に届いていないことを実感し、同園の保護者に向け『ひまわり通信』を発行。つながり合った母たちと、横須賀のバリアフリー情報をさらに広く発信するためのWEBサイト『sukasuka-ippo』を立ち上げた。「この子たちが小学生になったらどうしたらいい? 大人になったらどんなところで働くの? と、自分たちが知りたい情報を月に2回取材しアップしました。みっちり取材を重ねた3年間が次のステップにつながっていると思います」。
2017年、一般社団法人「すかすかいっぽ」設立。運転資金を生み出す方法を学ぶべく横須賀市商工会議所の門を叩いた。ちょうど在宅ワーク活性化事業に取り組んでいた商工会議所と、さまざまなスキルを持ちながら障害児を抱え働きに出ることができずにいた母たちが連携し「よこすかテレワーク」をスタート。五本木さんたちが、この時いち早くテレワーク事業に取り組んだ理由のひとつに「きっと将来の我が子たちの働き方につながる」という思いがあった。「会社に行くことができなくても仕事ができる人はたくさんいる。新しい働き方を広げていきたいと思っています」。
「すかすかいっぽ」の長期的な目標は、障害児とその家族が安心して暮らせる環境を整えること。五本木さんたちが法人を立ち上げ活動を始めた背景には、2016年の「津久井やまゆり園事件」がある。事件そのものの衝撃に加え、犯人を擁護したり、理解を示す意見がネット上に見られたことが辛かったと振り返る。「障害者は生産性がない、社会の負担だと考える人が、世の中にはこんなにいるんだということが、あらためてショックでした」。心を引き裂かれるような日々の中で五本木さんを救ったのは、うららちゃんが健常児とともに過ごす幼稚園でのある日のできごと。「娘を迎えに行ったらひとりの子が、“今日うららちゃんが僕の名前呼んだんだよ!”って報告してくれたんです。うららの障害は発語がないので、名前を呼べるはずはないのですが、一緒に生活する中で子ども同士の意思伝達が自然に発生したのだと思います」。
障害のある子もない子もごちゃまぜの環境で一緒に育てば、未来はきっと差別のない社会になる、そんな母たちの思いからインクルーシブ学童「すかすかきっず」が誕生。「自分が生まれ育った街の、誰もが行き来する中に、あたりまえのようにあってほしくて」と立地にこだわった五本木さんが選んだのは、久里浜駅前から2階建ての長屋が軒を連ねる商店街だった。
高齢者も障害者も共に暮らせる複合施設を久里浜に作りたい
その後の「すかすかいっぽ」の事業展開には目を見張るものがある。学童の向いに事務所、事務所の隣にバリアフリー美容室、その2階にインクルーシブ託児所を次々オープン。障害のある子どもの親が、より働きやすい快適な環境を作るため、託児所やその他サービスを提供できないかと検討中に、たまたま事務所の隣の美容室が空いたんです。私の妹は美容師で、うららが生まれたときから髪を切ってくれていたので、障害のある子が安心して来られる美容室をやろうということになり、事務所と美容室の長屋の2階をつなぐことで託児所の面積が確保でき、今のかたちになりました」。
五本木さんたちの次なる目標は、重度心身障害児や医療的ケア児(※2)のための「放課後等デイサービス(※3)施設」。その背景には、やはり母たちの声があった。それは障害のある我が子の成長にともなう入浴問題。「訪問入浴サービスの対象は20歳以上。でも自分でお風呂に入れない重い障害のある子どもたちが大きくなると、自宅でお風呂に入れるのは本当に大変。そういう子たちが、お風呂に入って帰れる環境をどうしても作りたい」と、五本木さんの言葉は力強い。
「最終的な目標は、子どもからお年寄り、障害のある人、不登校や引きこもりの人も、ごちゃ混ぜに暮らせる複合施設を作ること。我が子も自分もそこで暮らして、娘が支援されるだけでなく、誰かにありがとうと言われる仕事をしている姿を見て、ああ、もう私がいなくても安心ねって言いながら死にたい」。子を思う親の願いこそが、「すかすかいっぽ」の原動力だ。
「法律や制度が整うには時間がかかる、でも子どもたちの成長は待ってくれない。行政に要望も上げながら、自分たちが欲しいものを作り続けていけば、いつか社会が変化したときに、私たちの作っているものが一気に広がる可能性も出てきますよね」。 横須賀の久里浜から「すかすかいっぽ」の力強い歩みは、立ち止まることなく続く。
商店街に並ぶ美容室と事務所。2階が託児所、向いに学童がある
※1 インクルーシブ:「包摂的な」「包み込む」という意味。
※2 医療的ケア児:日常生活で医療的ケアを必要とする子どもたち。
※3 放課後等デイサービス:障害のある学齢期児童が放課後や長期学校休暇などに利用できる福祉サービス。