インタビュー

2022/10/28

プロレスでつながる“違い”を超える

田村 和宏さん 今井 礼夢さん

2013年創設、神奈川県川崎市のプロレス団体「HEAT–UP(ヒートアップ)」が設立当初から力を入れているのが、地域に根ざした障害者支援活動。現在は聴覚障害のある若手プロレスラーも在籍し、互いの違いを超えてプロレスを楽しみ、活動の幅を広げている。多様な人々を巻き込みながら、長きにわたり社会貢献を続けるその原動力とは何か。ヒートアップの本拠地である市内の道場で取材を行った。

 

活動の原点は、姉の存在

 「“地域にプロレスを根づかせたい”。その一心で地元川崎にプロレス団体を立ち上げた」と話すのは、ヒートアップ代表でありプロレスラーの田村和宏さん。しかし、設立当初はチケットが売れず「もっとプロレスを好きになってほしい。一人でも多くの人にプロレスに触れてもらいたい」と強く思うように。そんな時、頭に浮かんだのが、田村さんのお姉さんの存在。「ダウン症のある姉は昔から偏見の目で見られることが少なくなかった。いろんなことができて、私の力にもなってくれる姉なのになぜ?と疑問しかなかった」。そこで団体として障害者支援を始めようと思い立つ。障害者施設訪問や障害者手帳をもつ方の無料観戦、現在では大会での障害者雇用も積極的に行い、地域のみならず日本各地に仲間が増えた。

 

田村さんとお姉さん

 

障害者の賃金を守りたい

 障害者雇用は「チラシの折り込み作業や大会時の検温、消毒、そしてリング設営のお手伝いをお願いすることもある。一般の方が神聖なリングに触れられるなんて昔では考えられないでしょ。皆さん、喜んでいますよ」と笑う田村さん。雇用した人に対して、仕事内容に見合った最低賃金を下回らない賃金の支払いも大切にしているという。さらに最近では、障害者施設とともにお菓子などのコラボ商品の開発・販売もスタートさせた。

 市内の道場では、一般向けのプロレス教室なども実施。「そこにも障害のある方が何人か通ってくれているのでは。でも、障害は見た目では分からないことも多いでしょ?我々も特に聞かないし、気にしていない。みんなでプロレスを楽しめればいい」。支援活動を続ける中で所属選手も新たな出会いに喜びを感じ、支援活動も積極的に参加するようになったという。

大会時の障害者雇用。
チラシの折込をお願いすることも

「日本手話」を第一言語として

 2020年、ヒートアップに新たなプロレスラーが誕生した。当時16歳だった今井礼夢(らいむ)選手だ。今井さんは生まれつき耳が聞こえない先天性難聴(聴覚障害)があり、子どもの頃から「日本手話」()を第一言語として生活している。この日の取材は筆談で行われた。

 小学生の頃、動画配信サービスで見たアメリカのプロレス団体「WWE」の試合に心奪われ、プロレスラーになることを夢見た今井さん。「WWEは観客もいっぱいいて、みんなで試合を盛り上げていてすごいと思った」。ヒートアップ入門のきっかけは「母と練習を見学し、ヒートアップがいいと思い、中学卒業後に入門した」。プロレスへの想いは変わることなく、過酷なプロテストも見事合格し、念願のプロレスラーになった。

 

リングで戦う今井礼夢選手

 

同じ志があれば一緒に楽しめる!

 今井さんは、ヒートアップではほとんど手話を使わず、筆談やボディランゲージ(身振り手振り)でチームメイトとコミュニケーションを取るという。日頃から「日本手話」で思考する今井さんにとって筆談(日本語)でやりとりするには、「日本手話」という言語を頭の中で「日本語」に訳する必要がある。「筆談の言葉を読んで、意味を考えるのは難しい」と今井さん。田村さんは「試合時などは手話通訳士さんに来ていただいている。普段の練習で礼夢によく伝わっていると感じるのは、筆談よりもボディランゲージ。そこもプロレスのすごさなのでは」と話す。

 今井さんの大きな目標は“WWEに挑戦すること。夢に向かって突き進む今井さんに「もし障害があることで夢を諦めようとしている若者がいたら、どんな言葉をかけるか?」と問うと、しばらく考え込み「諦めないで頑張ってほしい。家族にも相談するといい」とメッセージを寄せてくれた。人との出会いを大切に、選手たちを見守り続けてきた田村さんは最後にこう語った。「同じ志を持っていれば、障害の有無に関わらず、みんなで一緒にやっていける。堅苦しいことは何もない。楽しくできたらいいと思う」。

 

※日本には大きく分けて「日本手話」「日本語対応手話」という二通りの手話がある。

 

Information
障害者施設とヒートアップがコラボ!
オリジナル食品ブランド EAT-UP

障害のある人たちと共に作ったポップコーンやお茶などをオンラインで販売中。ヒートアップとコラボしたい障害者施設も募集中!
詳しくはこちら▼
https://heat-up.biz/eat-up/

プロフィール

HEAT–UP代表/プロレスラー 田村 和宏さん たむら・かずひろ/1980年生まれ。2003年デビュー。2013年「HEAT-UP」旗揚げ。17年プロレスの聖地・後楽園ホールへ進出。18年世界進出を念頭にリングネームを“TAMURA”と改名。団体として障害者支援の他、青少年育成、地域活動にも取り組んでいる。 HEAT–UP所属プロレスラー 今井 礼夢さん いまい・らいむ/2004年生まれ。18歳。先天性難聴(聴覚障害)がある。都立立川ろう学校中学部を卒業後、プロレスラーを目指し「HEAT-UP」に入門。2020年デビュー。母はダンス&ボーカルグループ「SPEED」の元メンバーで現在は参議院議員を務める今井絵理子さん。

関連記事